キモチとカタチ

カタチで動くのは苦手。
カタチには世間体とか常識とかお世辞とか社交辞令が付きモノだったりする。

それが「大人」と言われれば、それなら「大人」でいたくない、なんて
思ってしまう。

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彼女とはメールもしなければ、一緒に旅に出たことも
買い物すら出かけたことがない。

今は遠くに住んでいるが過去にも「お茶しよ」なんて待ち合わせたこともない。

お互いの店を行き来しただけ。

たったそれほどの彼女との関係だけど
彼女が「カタチ」でなく「キモチ」で動く人だというコトが分かる。

彼女が「次に会えるのを楽しみにしています」と言えば
本当にそう思ってくれているのだ、と確信できる。

決して社交辞令でない。

そんな彼女に会うとき、彼女にちょっとした手土産を持っていく。
でもそれは「手ぶらで行けない」という「カタチ」じゃない。

彼女が好きそうなもの、似合うもの、気に入りそうなもの、を
贈りたい「キモチ」。

贈りたい、と言っても高価なプレゼントでもなく
どこかのお店で見つけて「ああ、彼女に合いそうだ」と思って買ってみたものや
彼女が好きな果物や、森で拾い集めたどんぐりの詰め合わせとか。笑


彼女に何を渡しても
一度だって躊躇、遠慮、演技などしない。だからウレシイ。

本当に「キモチ」で、もらってくれるのだ。
その表情は本当にうれしそうだから、その顔を何度も見たくなる。(私、男?笑)

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美味しいモノを食べると誰かを思い浮かべて
食べさせたい、とか思うことがありますよね。
このおやつは絶対、あの子が好きだな。とか

食べ物でなくとも
このカゴは彼女が好きそうだ。とか
ヤツのコレクションにこれは合う!とか。

生活を圧迫するほどのモノなんてもちろん買えないし買わない。
買ったとしてもそれは相手が喜ばない、と思うから。

自分の出来る範囲の「キモチ」を贈りたい。
だから「あんなすごいものあげたのに、こんなお返しだなんて」と
「カタチ」で動く人とは、きっと続いて行けない。

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ある頃「すごく美味しい和菓子屋さんがあるの」
と愛知に住む友人多方面から聞いていた。

「いつか行きたい」とずっと思っていたある日

「閉店しちゃうんだって」と。
あああ。もう食べられないなー、間に合う期間に愛知には行けない。と
諦めていたとき

彼女はそこの和菓子たちを宅急便で送ってくれた。
その彼女は子育てしながらの自営で、日々忙しい中

「おいしいから、きっと好きよ」と。

行けず終いで食べず終いになりそうだったそれを
「幻の和菓子」で終わらせないように。

その「キモチ」が本当に嬉しかった。
私に送ってくれたのは「美味しい和菓子」だけではなかった。

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海に住む彼女は、海のモノを送ってくれる。
私は私で山のモノを送る。笑

スーパーに行けばどっちも手に入るだろう。
この時代だもの、今や珍しいものなどないかもしれない。

でもお互いの環境の違いを宅急便で味わえる。そして新鮮。
何より・・・なんか・・・海のにおいがする。(思い込み?笑)

貝殻が入っていたことがあった。
ああ、あの海で拾ってくれたんだ、と情景が浮かぶ。

そのとき、波と一緒に打ち上げられたそこにしかない貝殻が
海のない長野のこの家に届き、並んでいる。それは不思議な感覚。

流れ星がここへ落ちたくらいの偶然では?なんて思ってしまう。

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ある彼女。(彼女がいっぱい登場で混乱?)
下宿中にお父さんから宅急便が届いたそう。

中を開けると全部レタス!(@д@ノ)ノ!!! 

そんなにたくさん1人暮らし用冷蔵庫に入るはずもなく
一度にムシャムシャ食べきれる量でもなく。笑

宅急便代金考えたら、スーパーで買った方が
安かったんじゃ?なんて
彼女は苦笑しながら、その話を笑い話にしていた。

男親ならではの発想が、とてもチャーミングだ。

きっと1人暮らしで寂しい思いをしていた彼女に届いたのは
レタスだけじゃなく「笑い」や「安心」「愛情」の
おまけ付きだったのだ、と、うかがえる。

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日本はお中元・お歳暮と「カタチ」式が多い。
もちろん中にはその時期をきっかけにして「キモチ」を贈っている人もいるだろう。

でも私はあえて、その時期を外したい。(あまのじゃく)笑

思い立ったその時に。
それが吉日だ~!なんて言いながらダンボールを封する。

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by soronoki | 2009-12-29 08:58 | * つぶやき

長野県佐久市


by soronoki