とても逢いたい人

中学校の途中で引越しをしてしまった友達がいた。
その名は「りょうちゃん」

私は未だ、事ある毎に彼女を思い出す。
数え切れないほど夢にまで出てくる。

幼なじみと言うほど小さな頃から一緒だった訳でもなく
学校区は同じとはいえ、互いの家は遠かったというのに。

引越し後、しばらく文通をしていたが途絶えた。
彼女から返事がこなくなったのか
私が出さなくなったのか、も記憶がない。(でもきっと私だな・・・)



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私は当時、彼女の引越しが悲しくて悲しくて仕方がなかった。

そんな彼女「引っ越しても連絡しあって、いつでも会おうよ。泣かないで」と
言いながら笑い泣きをした。その時の表情とその時の景色をまだ覚えている。
でも。「いつでも」会えるなんて思えなかった。

彼女の引っ越した先。それは「長野県」なのだ。

中学生の私には「愛知県」と「長野県」なんて
気軽に行ける距離ではないことを分かっていたし
ものすごくお金がかかると思っていた。

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そして今、私がその長野県にいる。
彼女の住所はわかっている。でももう住んでいない確立も高い。

どこか遠くにお嫁に行ってるかもしれないし
彼女のことだから海外進出してたりも、ありえそう。

あえて訪ねては行かない。
あえて探すつもりもない。

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「逢える」ときは「逢える」と思っている。
そして彼女にはいつか「絶対に逢える」とへんな確信がある。

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彼女の話を息子にした時
「どうしてずーっと会っていないのに、母ちゃんは覚えとるの?」
「心の中にいるで」

「心の中に?どうやっておるの?」と謎めいた顔で首を傾げる。

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「それはキミにも。いつか分かる日がくるさ。」
「いつ?」
「わがらん」

「何歳?」
「わがらん!」

「小学生?中学校?」
「さあ、どうだろうね」


知りたがりの息子には、まだ早かった・・・か。

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by soronoki | 2010-04-15 14:29 | * とあるお話

長野県佐久市


by soronoki