秋はセンチメンタル

悲しい訳でなく・・・せつないのでもなく。
いろーーーんなコトを振り返ったり想像したり。
想像っていうより・・・妄想して・・・・・爆走する。(>▽<)
・・・こともある。





「こもる」という漢字には
「隠る」という字と「籠る」という字があるけど

私は後者で「籠る」のが好きだ。

籠の中にぽつん。と放ったひとつのリンゴ。
隠れてるんじゃなくって「あ!おったん?」・・・な感じ。

普段はその籠の中でころん。と生きて暮らし
時々、籠から飛び出て
おむすびころりんみたいに転がって
山のふもとで人に逢う。それが究極の理想だ。

だから「そろの木」を毎日開けないのが私には合っている。
月に2日だけ開く空間に約1週間エネルギーを集中させる。
お月さんが満ちていくパワーを借りながら。

―――――――

充電して発散して、燃え尽きてまた充電する、の繰り返しの中に
喜怒哀楽があり、悲しいことがあると辛いけど
辛いことがあるからこそ、立ちはだかった壁の向こうにたどり着いた時
しあわせ感や安堵感、ありがたさの大きいことといったら!

「平凡」は穏やかではあるけれど
「平坦」では気づけないこともある。

だから良くも悪くも「人」に会うことは大切だと思う。

なんてことのない一言の中に相手の「芯」を垣間見たり
たわいもない会話の中に
自分を省みるきっかけが潜んでいる。
そしてその時、必須なのは美味しい食べ物♫(≧∇≦)

――――――

話はサカノボッて。

小学生の中頃にひさえちゃんという女の子に
「のりちゃんはお友達を取っていってしまうから嫌い」と
言われたことがある。

ひさえちゃんを仲間はずれにした訳でも何でもないので
びっくりしたのとショックだったのとで呆然とした。

「お友達は人間だから取ったり取られたりするもんじゃない」と
手紙に書いて渡したが返事もなく関わりもなく・・・・・
その後、それぞれの中学校に分かれた。

何十年経った今でも時折、そのことを思い返す。


その頃の私は幼くて
その一件以来、友達と遊ぶことにも慎重になってしまった。
誘いを「断る」ことにも臆病だったし
「特定」の子と仲良くなることも避けた。


そして高校を卒業した頃にようやく自然な付き合いを
取り戻した気がする。

自分を押しつぶしてまで人に合わせていると
自分さえも見失うし、「自分」がぽっかり消えてしまうこともある。

それに気づいた時、自分のペースで動けるようになり
随分と気が楽になった。

―――――――――

人生というのは決して長くない。
たったの、たったの1回きりなのだ。

与えられた生命。
限りあるまで喜怒哀楽と共に、めいっぱい生き抜くことが
全てに「恩返し」となるんだと思う。

――――――

あーあ。こんなおっさん臭いこと書いてると
だあ~れも呑みに誘ってくれんくなるかーっ(ー▽ー;)


続く。・・・・・・・・・Σ(゚д゚lll)うっそお~?(゚д゚lll)まじでーぇ?
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by soronoki | 2012-10-24 13:22 | * つぶやき

長野県佐久市


by soronoki