暮らしを戻す世代。

子供の頃、鉄のフライパンで作るホットケーキが
大好きで私にとっていちばんの楽しいおやつ時間だった。

熱したフライパンにバターを落とした瞬間
台所に漂うしあわせなにおい。

濡れふきんに一旦、フライパンを置いて
「ジュッ」っというキレのいい音。

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ある頃。母が突然、そのフライパンを片付けて
今や世に当たり前にはびこるテフロン製フライパンに
チェンジをした。

「あああ。大好きな真っ黒の鉄のフライパン・・・・さよなら」
とガッカリしたことを覚えている。



団塊世代と呼ばれたおとんたちの時代。
必死て働き、豊かさを求めた。
貧しさを体で感じた幼少期だけに
家族時間よりも仕事時間になるほど
日本を盛り上げたかったのだと思う。

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私たちの時代は貧しいと言い切るには
恐れ多い幼少期。

とくに「物質的」には、恵まれた時代に生を受けたと思う。

それでも
子供の頃に、コンビニなどはない。
「自家製」や「手づくり」が当たり前だった。

大家族から核家族に変化してきたのも
この頃から。

美しい森や山が開拓され
ニュータウンなんかも出来始めたのも。

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目まぐるしく進化・進歩する世の中を
団塊世代は手放しで喜んでいた人が多かったと思う。

その世代の子供である私たちは
果たしてその変化を大喜びしていたのだろうか。

大きな原っぱでどろんこで遊んだ。
ガキ大将がどこにもいた。
木に成っている果物なんかももぎ取って食べた。

だけどそのうちテレビゲームが流行って
ひとり遊びも増えた。

コンビニ的な店が出来、
便利になった。

自動販売機にはペットボトルに入ったお茶が
並んだ。水まで売るようになった。

母の作るコロッケは冷凍食品になった。

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そして現代に繋がる私の姪っ子たちの時代には
24時間空いている店が当然のように増えた。

知り合いの子供は
「お母さんのごはんよりコンビニのお弁当が好き!」と言った。

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たくさんの生活道具が大量生産のモノに変わったり
プラスチック製品が世の中を占めた。
(※プラを否定してはいません)

日本の伝統的製品や職人が減った。

「昔ながらの」という道具も減っていった。
それはその品が「悪い」からでない。

世の中が「安いから」「手っ取り早いから」「ラクだから」という
理由で生き始めたからだと思う。

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でも
ここ数年は「昭和の暮らし」を見直す傾向がある。

一時の買い物にしては高くても
「一生使えるいい品」を選ぶ人も少なくない。

丁寧に使って愛着を持って一生モノ。
下手したらさらに子供にも譲り渡せるかもしれない。
そんなら「じつは安い買い物」!

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震災前から、そういう類の雑誌が増えた。
「循環」を考えるチームも商業も増えた。

「古道具」に興味を持つ人も
都会を離れ田舎暮らしをする人も
私たちの年代に多いと言う。

私たちは「良いも悪いも」「酸いも甘いも」を
身をもって体験してきた世代。

心の底からしあわせを感じるコトや
本当にいいものは何か、や
ないものは作る精神、そして知恵を

おばあちゃんやひいおばあちゃんたちからも教わり
感じ取り、愉しんだ世代。

この世代が
その「幸福感」を引き継ぎ、そして繋いでいける
「最後の砦(とりで)」だと私は感じている。

俗に言う「古き良き時代」を呼び起こしたい心を
いちばん持っている世代なんじゃないか、と。

「不便」は必ずしも「悪い」ことじゃない。
「便利」はときに心までも生皮にすることを
誤魔化し誤魔化し生きながら
どこかでちゃんと分かっていた世代だと。

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まだ間に合うと信じている。
だから受け継ぐことが出来ることは、ものは
親族でなくても受け継ぎたい。

知恵を技を心を自然を。
受け継いで・・・・・・そして紡ぎたい。

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今日の私はいつになく真面目です。(笑)
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by soronoki | 2013-02-04 10:00 | * とあるお話

長野県佐久市


by soronoki