その出逢いをモノにする!

イケメンをGetするノウハウではありません。(≧∇≦)
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「人生」は「出逢い」だと思っている。
親も友達もそう。

当然、良い出逢いもあれば
「不快」に感じる相手との出逢いもあって

だけどそのどっちも自分に「活かす」ことは出来る。
(私の場合、反面教師がたくさんいます。(笑))

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私はちゃんとしつけをされていなかったので

よそのお宅にいって
「おじゃまします。頂きます。ごちそうさまでした。」は
お利口さんを演じて言えても
自分の家では全く言えない子供で・・・

ある頃、出逢ったRちゃんの家にお邪魔して
おやつをご馳走になったとき
Rちゃんは、お母さんに
「ありがとう!いただきます!ごちそうさまでした!」を
ちゃんと言えている姿を見て
自分が恥ずかしかったのを覚えている。

でも。だからと言って
家に帰っても、突然今日から言えるはずもなく時間は過ぎて。

「私が家族を持ったら絶対に
みんながちゃんと言えるようにしよう」と
子供ながらに「将来・結婚・家庭」を考える1歩になった。
(おませさん(〃▽〃))


この時期。私にとって、このRちゃん一家との出逢いで
心の中の得体の知れない何かが、変わり始めていた。

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20代のころ。
近所の小学校高学年Nちゃんと
「宝くじが当たったら♥どうする~?」なんて
他愛もない話をしていて

Nちゃんがこう言った。
「私は、たくさんのお金を貧しい国の人に使ってもらうために
○○(それ系の団体名)に寄付する!」

すると!間髪入れずにNちゃんのお母さんが大きな声で言う。
「あんたは本当に浅はかだね!
そんな信用出来ん所に寄付したって
ちゃんと役立ててもらえるわけないじゃない!
何に使われるかわからん!
お金が無駄になるだけなの!!!ホントに全くもう。」

お母さんの言わんとすることはわかる。
だけど、その会話の展開じゃーNちゃんの気持ちはどこに?

Nちゃんの思いやりをまるで無視して
「信用出来ん団体」うんぬんは関係ないし
それはお母さんの見解で、それを押し付けているだけだ。

そしてNちゃんはつぶやいた。
「あたしって・・・・やっぱりバカだなあ。」

彼女の優しさがどんどん削られて行ってしまうと感じて
せつなくなった。

同時に
モノゴトのいちばん「大切」な部分を
ちゃんと感じ取れるように
人を、人の心を感じて行きたい、と思った場面だった。

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去年、とある友人にこんな話を聞く。

「あなたが作った作品が私の作風に似てる」と「真似している!」と
怒られてしまった。と。

「日本酒、熱燗にして、炙ったスルメ持ってこんかーい!」
ヽ(`Д´)ノヽ(`Д´)ノ・・・と、誰かその人に伝えて!

実際、彼女は真似したつもりでない訳なんだけど
たとえ、たとえ、無意識の中で真似していたとしても

「それの何が悪いんじゃ!」「あんた、何様じゃ!」
朝まで眠らせないよ?(≧∇≦)

「真似されるとムカつく!」人は受け止め方を変えてみる。
「真似されるほどステキ!」と自画自賛精神で生きてみる。

きっと自分に惚れ惚れするはず。
「自信」もおまけについてくる。

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小さな子供は親を見てマネっこします。
マネしなくていいようなコトまでマネします。(笑)

そうやって、ほとんどの人間が大きくなってきたはず。

「家族」という社会から出て
「保育園」「学校」「地区」・・・・・・とどんどん生きる場が広がって
限りなく出逢っていく人との関わりの中で

「真似」してない訳がない!
「してない!」と言い切るなら
それは、ただ気づいてないだけ。

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雑貨屋をやってると
いろんなお店にいって目の保養をします。

「おおおおお!ナイスアイディア!」
「ぬお!これは頂きっ!」と
なんでもかんでも真似をする。

「イイ・アイディア☆彡」と思うことは、作ってでも。

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裁縫な超~苦手な私でも
衝撃的な作品に出逢うと、不器用ながらに
「見よう見まね」でチクチクしたりします。

「自分」で作ることが出来たら楽しいもん。嬉しいもんね。
これも「真似」「見真似」!

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伝統技術だって、地域の習わしだって
目で、体で、手で感じ取って
真似していくことで引き継がれていくのです。

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と、ちょっと遠まわりな話のふりして繋げるよ~。(≧∇≦)

↑ 上の「真似した発言」をしたような
「オカドチガイ」なコトを言う人との
出逢いも大事だと思っています。

それを「不快」に思っている彼女はきっと
他の誰にもそんなことを言わない、傷つけない、という
生き方をすると思うから。

逆に心根の乏しい人は
同じセリフを、また別の誰かに言って
「マイナス」の気持ちが続いていくかもしれません。

「出逢い」というのは
すべて自分次第で
「マイナス」も「プラス」に
「プラス」はさらに「プラス」で2乗効果になるものです。

「あの人さえ居なかったら楽しかったのに」
「あの子のせいで私の人生はこうなった」

と、いつも誰かのせいにして生きているうちは
何も「モノ」に出来ないと、私は思っています。

人のせいにして、楽しい時間も見いだせずフタをして
閉じこもっていたら、「もったいない」「もったいない」

だって。人生、たったの一回!

「活かす」も「無駄にする」も自分の心持ちで
いくらでも変えて行ける!(立証済み!(笑))

と信じて歩いていると
楽しいコトがやって来るものです。
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by soronoki | 2013-02-13 09:35 | * つぶやき

長野県佐久市


by soronoki