だから私は頑張れるっ!

突然のメール。

差出人は見覚えのあるローマ字だった。
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彼女と私は「作家」と「店主」として出逢った。
愛知の頃・・・10年ほど前のこと。

「店」に対して頑な過ぎだった頃
私の中に息子が宿った。

夜12時までやる雑貨屋が売りだった。
でも肉体的だけでなく精神的にも無理だった。


これからの店のこと
作家さんとのこと
お客さんのこと
息子とのこと

全てがパーフェクトになんて行く訳が無い。

なのに私は
「営業時間を変えたら夜にしか来られないお客さんが
来なくなる!」

「美容師のお客さんが8時くらいに来てくれるので
それより前に閉めるなんて駄目だ!」

私の頭はガチガチに固まっていた。

授乳をしながら夜、レジに立つ。
お客さんの車が止まると急いで
息子のくちからおっぱいを外し
ベビークーハンに寝かす。

息子は怒る。
「まだ飲みたいのに・・・」と泣く。
私はお客さんに謝る。「うるさくてすみません」と。

息子はもっと勢いをつけ泣く。
母ちゃんが自分を「うるさい」なんて表現したことが
きっと悲しかったんだ。

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自分を納得させて、営業時間を短くし
誤魔化し誤魔化し暮らしていた。

「閉店」する視野は浮かばなかった。
いや、本当は見ないふりをしていただけだ。

夫に
「だって!奈良から来てくれるお客さんがいる!
ずっと続けてくださいね、って言ってくれた!
やめるなんて、出来ない」と泣いた。

「ねえ、お前はそのお客さんのために生きてるの?」

・・・・・核心を突かれる。

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手伝ってくれていた友人と店番交代の時間。
ハイハイをしながら追いかけて来る息子。

泣きながら必死で訴える息子の目の前で
「じゃあ、待っててね」と扉を閉めた時。

さらに泣くと思っていたはずの息子の声が止まった。

息子は諦めている。
母ちゃんを諦めたのだ。


・・・私は何をやっているんだろう
・・・私は誰のために生きている?

・・・でも!この店はみんなが作ってくれた宝物!

・・・だけど・・・
この子を泣かせて悲しませて
優先しているこの店は、本当に私の宝なのか・・・

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友人が、夫が
不眠不休で作り上げた店。
大切にしていきたかった。

大きな病を患いながらも
ペンキ塗りに駆けつけてくれた友もいた。

みんなの応援や気持ちが詰まっているこの店を
簡単に閉じるわけにはいかない。

凝り固まる私に夫。

「睡眠不足でフラフラで、無理だらけの状態で
それでも店をやれよ!続けろよ!って言うヤツ浮かぶか?
せっかく手伝って出来上がったのに!って言うヤツおるんか?

作った俺だって、なんとも思わん。
始めるから、作った。終わるから壊す。でいいんじゃねーの?
またどっかで作ればいいし、そんだけのことじゃん。」

トドメを刺された。(笑)

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その店の「あっという間の3年半」の中で
彼女はいつも元気の素を送ってくれた。
数行のメールに「よし!がんばろ!」と気合を入れたものだった。

業務的な関わりを飛び越えた感覚があって
私の中ではすでに「作家さん」ではなくなっていた。

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店を閉める寸前に見つけた佐久の物件へ
超スピードで引越しをし、落ち着いた頃にパソコンが死んだ。

ほとんどのアドレスもわからなくなってしまう。

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息子がもうすぐ9歳になる。
ここへ来て・・・7年の時が流れて・・・・

彼女からのメールがやってきたのだ。

そのアドレスのローマ字を見た瞬間に涙がこみ上げてきた。

メールを開けると

彼女はずっと私を探し続けてくれた、という。
何年も。

そして見つけてからも今日まで、数年の歳月をかけての
送信だった。

うちの閉店後に作家活動をやめ
幼い頃からの夢を叶えるための学校に行き
仕事に就き、胸を張れるようになってから、と
時期を見て・・・届いたメール。

「やってみればわかるけど、あなたは簡単に見つけられないよ」と
書いてある。

え?ほんと?あちこちで本名丸出しで活動してるのに?
と思い検索をかけると

「教授」「ジャズボーカル」「塩の達人」などなど
全く・・・私は出てきません。(笑)

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そのことだけでも、胸がいっぱいだ。

そして、今回、スランプ状態にいた彼女。
でも、最後に来たメールには「やってやる!」
とチカラみなぎる、前に向かった一言があった。

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私を。探してくれて・・・
見つけてくれて、ありがとう!

私もまだまだ「やってやる!」
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by soronoki | 2013-02-28 20:39 | * つぶやき

長野県佐久市


by soronoki